『かつての言葉』 「琉史!」 倒れ込む彼を受け止めて私は叫んだ。 しかし、彼は気を失ったまま私の声に応えることはなかった。 琉史が立っていたその先に目を向ければ、陰を纏った塔を背に、白いロングコートの男が立っている。 男は何をするでもなく、無表情に視線だけをこちらに向けていた。 男の前には双頭の猟犬が群れをなし、殺意のベクトルをこちらに向けたまま、主の命を静かに待っている。 私は琉史の様子をもう一度確認すると、視線だけで周囲を確認した。 その時、目の前を栗色のラインが横切った。 私たちの前に躍り出た小柄な少女は、その細い両腕を精一杯に広げると、私のほうを向いて一度頷く。そして、正面へと視線をまっすぐに向けた。 彼女に対して男は小さく口を動かし、猟犬たちは耳を小さく動かすと、一斉に鶫へと駆けだす。 赤い眼をした双頭の犬は、深紅の残像をなびかせながら少女へと跳びかかった。 殺意の集中に対し、鶫は顔を上げると勢いよく息を吸い、大きく何かを叫んだ。 声を失った彼女から放たれたそれは、声ではなく旋律だった。 次の瞬間、殺意は花びらのように舞い散り、その中心に立つ鶫の髪は、見る間に白へと染まっていった。月の白さを想わせるそれは翼のようで、そこから響く旋律は、私の中の靄を吹き飛ばしていた。 ◆ 「相変わらず君は傷だらけなんだな」 私の腕の中で横たわる友人。そして、私の手についた彼の血が、何もかもを蘇らせる。 静かに彼を地面に横たえると、私はゆっくりと立ち上がり、自分の身体が元に戻っていることを実感した。 「鶫、ありがとう。あとは私が何とかするよ」 鶫の肩に手を置いてそう言うと、彼女は優しいいつもの笑顔を向けてくれた。 「よく頑張ったね」 私は彼女の額に軽く人差し指を当て、短く術式を唱える。 ゆっくりと閉じていく彼女の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ち、それは穏やかな寝顔を優しく照らした。 「お待たせしてしまいましたね」 私の言葉に、白い男が微かに笑ったような気がした。 「さあ、決着を付けましょう」 既に態勢を立て直した猟犬と男に向かって、私は懐かしいその言葉を再び口にした。